花や贈り物を贈り合うことは、誠意を持って行う方がより意味のあること - イラスト写真
私は40歳です。社会の交差点、中間あたりに位置する年齢のように思えます。
私がそう言うのは、20代の頃、3月8日、2月14日、10月20日などの休日や祭りに花や贈り物を贈るという流行を見ていたからです。当時は街中が今ほど賑やかで騒がしくなく、ソーシャル ネットワークやメディア チャンネルでも今ほど普及していませんでした。
実は、心理的に、特別な日だけでなく、いつでも花や贈り物をもらうのは誰にとっても嬉しいものです。私も例外ではありません。そしてもちろん、楽しみにしている贈り物であれば、喜びは何倍にも増します。
しかし、私にとって、それが形式的なもの、流行を追うものなら、それは好きではありません。友達と張り合うため、あるいは他人に合わせるため、「バーチャルな生活」を謳歌するためなら、なおさら好きではありません…
だからといって、私が反対したり攻撃したりしているわけではありません。
3 月 8 日は必ずしも花や大きな贈り物を意味するわけではないので、頭を悩ませて考え、選択しなければなりません。
3月8日は、同僚たちが企画するシンプルな食事会です。注文したり、自分で作ったりするのも楽しいし、とても素敵です。楽しく、親しみやすく、同僚同士の絆が深まります。私も職場でこのような「女子会」を経験したことがあります。
さて、家族の中では3月8日はどんな感じでしょうか?結婚して14年になりますが、3月8日に夫に何かプレゼントを買ってあげたい、あるいは贈ってほしいと頼んだり、ほのめかしたりしたことは一度もありません。お互いを思いやる気持ちがあるからこそ、プレゼントは心のこもった、誠実な気持ちの表れであり、時にはサプライズにもなる、というのは私も同感です。でも正直なところ、「たとえサプライズだとしても、プレゼントが気に入らなかったり、あまり似合わなかったりしたら、どう反応するでしょうか?」…
母は今年60歳になります。一生懸命働いてきたので、国際女性デーやベトナム女性デーが何なのか全く知りませんでした…そしてもちろん、何かをお願いしたこともありません。
私は現代的ではありませんが、時代遅れではないと確信しています。しかし、3月8日に花や贈り物をしなければならないという考えは持っていません。
贈り物を買ったり贈ったりするのに、特別な機会である必要はありません。贈り物も「大きなもの」である必要はありません。私にとって、母への「贈り物」は、家で着る服、時には結婚式や旅行に持っていく靴やバッグといったシンプルなものです。それだけで十分楽しいのです。
私は幸せです。私の母のような母親はきっととても幸せでしょう!幸せは必ずしも3月8日である必要はありません。
「 3月8日に女性は贈り物が必要か?」という記事は、今でも多くの読者からコメントや注目を集めています。興味深い議論や率直な視点が共有されています。
3月8日の贈り物に関する読者の投稿に続き、 Tuoi Tre Onlineでは、このテーマに関するフィードバック、共有、そしてご意見を引き続きお待ちしております。贈り物は、単なる義務ではなく、誠実な気持ち、思いやりの表現となるのでしょうか?
読者の皆様、「女性は幸せになるために贈り物を受け取ったり、贈り物をもらったりする必要があるのか? 」というテーマについて、ぜひ議論し、情報を共有してください。ご意見は[email protected]まで、または記事下のコメント欄にお寄せください。お読みいただきありがとうございました。
[広告2]
ソース
コメント (0)