冬が始まって初めて秋が真に秋だと信じる人がいるのも無理はない。季節の移り変わりのこの瞬間、きっと誰もが言葉では言い表せない高揚感を抱くだろう。どれほど名残惜しくても、秋を懐かしい気持ちに送り出さなければならない。陽光降り注ぐこの地では、大地も空も紅葉に別れを告げ、古道には冷たい風が吹き渡る……。街路は半ば霧に覆われる……。私にとって冬はいつも静かで、故郷への郷愁を伴っている。故郷を離れた子供の心の奥底で、その郷愁は絶えず脈打っている。月日が流れ、年月が流れ、そしてその郷愁はいつまでも留まることがないようだ。
イラスト:NGOC DUY
いつから冬は寒くて寂しいという形容詞で呼ばれるようになったのか、誰も知らない。雨の午後、冬の風が雲のような髪を静かに吹き抜ける。そんな日々のどこかで、季節が来ると軽く肩をすくめる人がいる。
風のささやきの中、荒れた斜面を曲がりくねる古い街路を歩いた。季節外れの寒さは肌を刺すほどではなかったが、故郷への憧憬が心に忍び寄ってきた。冬になり、昼は短くなり、夜は長くなった。
冬の始まりの空と大地は、言葉では言い表せないほど乾燥し、静寂に包まれています。通りには人影はなく、屋根の一つ一つが涼しい風に揺れています。冬の街路には、いつも独特の息吹とリズムがあります。冬の思い出は、身を切るような寒さの中に、美しく温かな幼少時代の空を、まるで空のように呼び覚まします。
冬が静かにやってくる。決して枯れることのない源から流れ出る清流のように。騒々しくはないが、日々の喧騒で時折乾ききった心の隅に染み込んでいく。引き出しをかきわけて、セーター、コート、マフラー、そして数足の古靴下を見つける。
寒い冬の日に父が亡くなりました。ポーチ脇の椿の木は枯れ、鳩の鳴き声も悲しげでした。
あの日から、故郷の冬の台所には母だけが残された。今頃、母はきっと静かにストーブに火をつけ、髪を洗うためのソープベリー湯を沸かしているに違いない。故郷を離れて過ごす冬は、様々な懐かしい感情を呼び起こす。昔のことを思い出すと、胸がときめき、懐かしさがこみ上げてくる。またしても故郷を離れて過ごす季節は、果てしない恋しさに満ちていた。
雨の午後、一人で歩道を歩いていると、ふと考えた。四季は人生の移り変わりのように、ただ過ぎ去っていく。時間は、それぞれの心の奥底にある何かを突き動かすようだ。故郷の音色は胸を締め付ける。冬は、かつては新鮮で輝いていた光景が、今は記憶の中に静かに眠っていることを、もっと大切に思うようにと、誰かに思い出させてくれる。
ノスタルジアはハイビスカスの花のように、忘却の彼方へと沈んでしまうのだろうか?でも、もしかしたらそんなことは問題ではないのかもしれない。人生の変化、循環、そして動きこそが大切なのだ。ここの冬は好きだ。窓辺に吹き付ける、この季節最初の涼しい風が好き。霧雨が好き。黄色い街灯が好き。水にきらめく、物悲しい街路が好き。
遠くから聞こえる夜の呼び声が大好きです。静かな冬の夜、棚に数冊の本をきちんと並べ、赤い炎の温もりを期待してろうそくに火を灯します。苦いコーヒーを片手に、ペンを手に取り、冬をより詩的でロマンチックに彩る詩を書きます。冬の詩は、孤独で不安な瞬間に心を温めてくれるでしょう。
冬が静かに訪れました。街のあちこちで、クリスマスを迎える賑やかな歌声が聞こえてきます。ふと、遠い故郷が凍えるほど寒いことを思うと、胸が痛みます。冬は相変わらず寒いですが、どうか母の足がかじかんでしまうようなことはしないでください。風よ、どうか優しく、田舎の商店街の通りを吹き抜けないでください。ほんの少しの冷たさで、頬が赤く染まってしまうほどです。
そして冬よ、どうか学生時代の思い出を、授業に向かう道中にずっと留めていてください。冬は静かに、馴染みのある田舎道に、かすかな灰色の雲を漂わせ、甘く遠い記憶を慰めてくれるのです。
ティエン・ラム
ソース
コメント (0)